「法体の広宣流布が果実を結ぶ」

 池田の次の手口は、「法体(ほったい)の広宣流布」のごまかしであった。彼は学会員の増加が正本堂建立に至ったことを誇って
 「これこそ日蓮大聖人以来の法体の広宣流布が果実を結んだというべきであり、即、世界への化儀の広宣流布の始まりでもある」(大白蓮華45年6月号)と云った。

 「法体の広宣流布」とは、大聖人が本門戒壇の大御本尊を建立あそばされたことを意味する。ならば弘安二年十月十二日に、すでにその果実は結ばれているではないか。どうして正本堂の建立が「法体の広宣流布の果実」となるのか。
 また広宣流布を法体(ほったい)化儀(けぎ)に分けるならば、戒壇建立は化儀の広宣流布の時である。しかるに池田は、日本における「化儀の広宣流布」が達成されたのか、されてないのか、このことにはわざと触れず、正本堂建立が「世界への化儀の広宣流布の始まり」といってごまかしている。

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